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“学校に行きたくない”——その言葉に隠れた本当の願い

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◆「学校に行きたくない」は、怠けでも反抗でもない

 ・朝になるとお腹が痛くなる、頭が重いと言う

 ・前日は元気だったのに、当日の朝だけ動けなくなる

 ・理由を聞くと「わからない」「なんとなくイヤ」と答える

 ・休ませると落ち着くが、翌日また同じことが起きる

 ・大人が焦るほど、子どもは黙り込んでしまう

吹田市や北摂地域でも、
この「学校に行きたくない」という訴えは年々増えています。
そして多くの保護者が、**「理由がはっきりしないこと」**に一番苦しみます。

ですがこの言葉は、
説明できないからこそ出てくる、非常に正直なサインでもあります。

◆ 行きたくないのは「学校」そのものとは限らない

子どもの言葉

背後に隠れていること

「学校がイヤ」

教室の音・人の多さ・視線がつらい

「先生が苦手」

叱責のトーンや空気に過敏に反応している

「友達がイヤ」

明確なトラブルでなく、関係の緊張や疲労

「理由はない」

言葉にできない不安・疲労・自己否定

子ども自身も、
「何がつらいのか」をまだ整理できていないことが多いのです。

◆ 北摂の事例:小4男子の「行きたくないけど、行かなきゃ」

北摂地域の小学校に通う4年生の男の子。
成績も悪くなく、友達もいる。
それでも月曜の朝になると布団から出られず、涙が止まらない。

本人の言葉はこうでした。

「行かなあかんのはわかってる」
「でも、朝になると体が重くなる」

丁寧に話を聴いていくと、
 ・教室のざわざわが苦手
 ・授業中に当てられる緊張が強い
 ・“ちゃんとしなきゃ”という意識が常に張り付いている
という状態が重なり、心と体が限界に近づいていたことが見えてきました。

◆ 「行ける・行けない」より大切な視点

大人が見がちな軸

見落とされやすいこと

出席できたか

どれだけ緊張しながら耐えているか

休んだか

休むことで回復しているか

理由を説明できるか

言葉になる前の不安がどれほどあるか

「今日は行けた」「今日は行けなかった」
その二択で判断してしまうと、
子どもの内側で起きている変化や努力が見えなくなってしまいます。

◆ 吹田市の心療内科での支援:「行かせる」より「守る」視点から

「ゆうゆうからだとこころのクリニック」では、
“学校に行きたくない”と訴える子どもに対して、次のような視点を大切にしています。

🔹① 「なぜ行けないか」を急いで特定しない

  → 理由探しがプレッシャーになることも多い
  → まずは「つらかったね」と状態を受け止めることを優先

🔹② “学校との距離”を段階的に調整する

  → 毎日フル登校だけが選択肢ではない
  → 午前だけ/別室/週数回など、心と体に合った距離感を探る

🔹③ 「学校に行かない=ダメ」という価値観を緩める

  → 行けない期間は“止まっている時間”ではなく、
  → 回復と再構築のための時間

🔹④ 家庭が“安全基地”であり続けることを最優先に

  → 家で責められると、子どもは行き場を失う
  → 「ここにいていい」という感覚が、次の一歩の土台になる

◆ ご家庭でできる3つの関わり

🔷 ①「いつ行けるの?」ではなく「今日はどうしたい?」

   → 未来を迫らず、“今日”に焦点を当てることで不安が下がる

🔷 ② 行けなかった日も、生活リズムは“ほどほど”に保つ

   → 罪悪感を強めない範囲で、
   → 起きる・食べる・寝るの軸だけを優しく支える

🔷 ③ 子どもの「行きたい気持ち」と「行けない現実」を分けて捉える

   → 行けない=やる気がない、ではない
   → 「行きたいけど行けない」苦しさを理解する姿勢が重要

◆ 「学校に行きたくない」は、壊れたサインではない

それは、
「このままではつらすぎる」という、心からのブレーキです。

ブレーキがかかるのは、
それだけその子が、これまで無理をしてきた証拠でもあります。

吹田市・北摂地域で、私たちは
「学校に行きたくない」と言える勇気を、
回復への入り口として大切にする支援を続けています。