“教室に入れない子”——境界から始まる学びの形
◆「行く気はあるけど、足が止まる」——登校できても教室には入れない
・朝は登校できるが、校門や昇降口で固まってしまう
・保健室・図書室・別室には入れるが、教室は無理
・教室に入ると動悸や腹痛を訴えることもある
・誰かと一緒なら入れるが、ひとりでは無理
・「頑張って行っても、また途中で帰ってくる」の繰り返し
吹田市・北摂地域でも、こうした**“教室の前で止まる子”への対応が大きな課題になっています。
不登校とまではいかない、けれど“教室の中で学ぶ”ことができない**——
そのグラデーションのような状態に、学校も家庭も揺れながら対応に悩むことが少なくありません。
◆ “教室”は、意外と多くのストレス要因が重なる場
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教室での環境要因 |
子どもにとっての負担 |
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たくさんの人がいる |
他者の視線・雑音に常時さらされている |
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時間・行動が管理される |
自由度が低く、自分のペースを持てない |
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知識の定着・発言が求められる |
間違いや失敗への不安が常につきまとう |
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暗黙のルールが多い |
察する・空気を読むことが苦手な子にとっては常に緊張 |
つまり、“教室”という空間は、身体的にも心理的にも高い適応力を求められる場所なのです。
だからこそ、“教室に入れない”は、環境とのミスマッチからくる防衛的な反応とも言えます。
◆ 北摂の事例:小3男子の「毎朝玄関で座り込む」
北摂地域の小学校に通う3年生の男の子。
ある朝、突然玄関で動けなくなり、その後毎日のように登校を渋るように。
家を出ることはできるが、学校に着くと昇降口から先に進めず、
保健室や図書室で過ごす日が続いた。
本人はこう語りました。
「教室に入ると、何かがうるさい感じがする」
「誰かに見られてる気がして、頭がぼーっとする」
これは、“空間そのもの”が引き起こす感覚過敏や社会的緊張による、
“逃げ”ではなく**“自分を守るための反応”**でした。
◆ “教室の外”での学びにも、価値と意味がある
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状況 |
学びの機会 |
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図書室で過ごす |
静かな環境で集中しやすく、自主性が育ちやすい |
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保健室登校 |
信頼できる大人との関わりから、安心の土台ができる |
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校庭や廊下からの参加 |
少しずつ“教室との接点”を持つステップになる |
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行事や特別活動からの復帰 |
興味を入口に、学びへの再接続が起こることもある |
“学校”=“教室の中”という固定観念を緩めることが、
子どもにとっての新しい「学びの形」の入口になります。
◆ 吹田市の心療内科での支援:学校と家庭の“あいだ”から始まる支援
「ゆうゆうからだとこころのクリニック」では、
“教室に入れない子”に対して、以下のような支援を大切にしています。
🔹① 「入れない理由」を追求せず、「どうすれば楽か」を一緒に探る
→ 無理に原因を突き止めるより、“今ここでできること”に焦点を当てる
→ 「静かな場所でならプリントできる」「午前中だけ参加ならOK」など、代替案の発見へ
🔹② “入る”ことをゴールにせず、“関わり続ける”ことをゴールに
→ 登校そのもの、誰かとの会話、ワークだけの提出……
→ 「関係が切れない」ことが回復の土台になる
🔹③ 家庭と学校が“責める関係”にならないよう橋渡しをする
→ 保護者と教師が「どっちのせい?」とならないよう、
→ “子ども中心の視点”で連携を保つための支援者の役割を重視
🔹④ 子どもにとっての“安心できる窓口”を学校内に設ける
→ 教室以外に安心して立ち寄れる場所・人があることが、
→ 再挑戦のきっかけをつくる
◆ ご家庭でできる3つの視点
🔷 ①「なぜ入れないの?」ではなく「今日はどこが安心?」と尋ねる
→ 原因探しはプレッシャーに、選択肢の提示は安心につながる
🔷 ②「また入れなかった…」と結論づけない
→ 「今日はここまでできたね」「自分で戻ってきたのすごい」
→ 行動の一部を認めることで自己肯定感を保つ
🔷 ③ “教室に戻すこと”を急がない
→ 焦ると子どもは“試されている”と感じてしまう
→ “戻りたくなったときに戻れる環境”を準備する方が、結果的に近道になる
◆ “教室の外にいる子”は、“外れた”のではなく、“別の形でつながろうとしている”
私たち大人ができることは、
教室という枠に子どもを合わせることではなく、
子どもに合った枠の形を一緒に探すこと。
吹田市・北摂地域で、私たちは
“境界にいる子ども”たちの声に耳を澄ませ、
「学び」と「安心」が共存できる場づくりを続けています。