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“落ち着きがないと言われる子”——多動の見え方と支援の視点

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◆「じっとしていられない」「すぐ気が散る」と言われる日常

 ・座っていても体を揺らしてしまう

 ・授業中に立ち歩く、手を挙げずに発言する

 ・注意された直後にまた動いてしまう

 ・気がつくと別のことに興味が移っている

 ・大人の指示を最後まで聞く前に動き出してしまう

吹田市・北摂地域でも、「うちの子、落ち着きがなくて困っています」というご相談はとても多く、
保育園や小学校でも「注意してもきかない」「集中力が続かない」と問題視されがちです。

けれどこの“落ち着きのなさ”という現象の裏側には、
**「動いてしまう理由」と「止まれない苦しさ」**が潜んでいることが少なくありません。

◆ 多動=「動く力が強い」ではなく、「動かずにいる力が未発達」

「落ち着きがない」と言われる子どもたちは、
ただエネルギーが有り余っているわけではなく、
“今この瞬間にとどまり続ける”ための神経的な制御力がまだ発達途上であることが多いのです。

行動の特徴

背景にある要因

体が常に動いている

運動感覚の調整が未熟/じっとしていることが苦痛

話を遮ってしまう

衝動性が高く、順番を待つのが難しい

周囲の音や動きにすぐ反応する

感覚刺激への注意が逸れやすい

同じ失敗を繰り返す

注意の持続と記憶の連携がうまくいっていない

つまり、“止まれない”のは努力が足りないせいではなく、発達の仕組みによる自然な特徴である可能性が高いのです。

◆ 北摂の事例:小1男子の「座ってられない苦しさ」

北摂地域の小学校に通う1年生の男の子。
授業中に立ち歩いてしまうことが多く、担任から「ちゃんと座ってなさい」と何度も注意されていました。

ある日、カウンセリングの場でこう話してくれました。

「体がうずうずして、頭の中がモワモワする」
「止まれって言われると、余計に止まれなくなる」

このように、“動く”ことはその子にとっての自己調整手段であり、同時に“静止”は強いストレスを伴っていたのです。

◆ 多動傾向の子どもたちに必要な視点

誤解されがちな見方

支援的な見方

わざとやっている

コントロールが難しく、無意識に動いてしまっている

落ち着きがない=集中力がない

興味があることには強く集中できる“過集中”もある

指示を聞かない=反抗している

脳の処理速度や注意の切り替えが追いついていない

多動は問題行動である

神経発達の特徴であり、“工夫”で調整可能なことが多い

私たちが“問題”と見なす前に、
「なぜそうなるのか」「その動きにどんな意味があるのか」を読み取る視点が必要なのです。

◆ 吹田市の心療内科での支援:“動きを抑える”ではなく“動ける枠組み”を整える

「ゆうゆうからだとこころのクリニック」では、
多動傾向の子どもたちに対し、以下のような支援方針をとっています。

🔹① “静止”より“調整”を目指す

  →「じっとしなさい」ではなく、
   “座っていられる時間を徐々に延ばす練習”を、ポジティブな体験として組み込みます。

🔹② “動き”を必要なものとして認める

  → 例:「机の下で足を動かしていい」「短時間なら立って聞いてもいい」など、
   “動きの許容範囲”を明確に設定する。

🔹③ “体を通じて集中する”スタイルを尊重する

  → 書く前に話す/歩きながら考えるなど、
   身体活動を活用することで集中を促すアプローチも取り入れます。

🔹④ 不適切な行動の裏にある“必要な動き”を見つけ出す

  → 授業中に鉛筆を振り回す=手を動かす必要がある
  → それなら“握って回せるツール”を用意する、など
   代替行動の導入で自己調整力を支援します。

◆ ご家庭でできる3つの工夫

🔷 ① 一度に多くの指示を出さず、区切って伝える

  →「今はこれだけやろう」→「次にこれ」
   → 脳の処理負担を減らすことで、落ち着きやすくなります。

🔷 ② “座っているだけ”を目標にせず、達成できたことに注目する

  →「動かなかったね」ではなく、
   「最後まで話を聞けたね」「1つのことに集中できたね」と、成果に焦点を当てる声かけを。

🔷 ③ 動ける時間・動ける場所を日常に取り入れる

  → 例:夕食前にジャンプタイム/宿題前にラジオ体操など、
   “エネルギーの発散”をスケジュールに組み込む発想が効果的です。

◆ “止まる”より“整える”支援を

「落ち着かせなきゃ」「じっとさせなきゃ」
そう考えるほど、子どもは窮屈になり、心も動きも余計に乱れていきます。

本当に必要なのは、
その子が安心して動ける環境・表現できる枠組み・予測可能な関係性です。

吹田市・北摂地域で、私たちは
“落ち着きがない子”の中にある未成熟な調整力に光を当て、
「じっとしていない自分」でも受け入れられる経験を支える支援を続けています。